
【男子100m】ケンブリッジ飛鳥は現在どうしてる?どこのハーフ?経歴やプロフまとめ
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リオデジャネイロ五輪の男子4×100mリレーで銀メダルを獲得したケンブリッジ飛鳥選手。近年は大会で名前を見る機会が減り、現在どうしているのか気になる人も多いのではないでしょうか。この記事では、現在の活動やどこのハーフなのか、これまでの経歴やプロフィールをまとめて紹介します。
目次
ケンブリッジ飛鳥の現在は2年ぶりにレース復帰
近年のケンブリッジ飛鳥選手は、長く続いた怪我との闘いのなかで復帰への道を探ってきました。一時は試合に出られない時期が続き、ファンの間でも近況を心配する声が上がっていました。まずは離脱の理由と、最近のレース復帰の様子を順番に見ていきましょう。
長期離脱となった理由
ケンブリッジ飛鳥選手は、2021年夏のレースを最後に長期の離脱が続いていました。主な原因は股関節など右半身の痛みとされ、思うように走れない状態だったと報じられています。
報道によると、脚の付け根の痛みは数年にわたって続いたとされ、満足に練習を積めない時期もあったようです。走れない状態が長引いたことで、本人も先行きに悩んでいたと伝えられています。
2023年と2025年の復帰レース
2023年5月の木南記念では約2年ぶりに復帰し、100mで10秒53を記録しました。ただ、その後もコンディションの調整は難しかったとみられます。
2025年5月の東日本実業団選手権では、ふたたび約2年ぶりとなる100mに出場し、10秒67をマークしました。同年は関西実業団や熊谷市選手権にも出場し、復調を目指しています。
この記事のポイント
- 2025年におよそ2年ぶりの100mレースへ復帰した
- 父がジャマイカ人で母が日本人のハーフである
- リオ五輪の4×100mリレーで銀メダルを獲得した
ケンブリッジ飛鳥はどこのハーフなのか
ケンブリッジ飛鳥選手は、ジャマイカ人の父と日本人の母のもとに生まれた、いわゆるハーフです。生まれはジャマイカのモンテゴベイで、2歳のころに来日し、大阪で育ったとされています。
本名はケンブリッジ飛鳥アントニオで、180cmの長身とダイナミックな走りが大きな持ち味です。日本語を話して育ったため、話す姿は日本人選手そのものという印象を持つ人も少なくありません。陸上の日本代表には、サニブラウン選手や中島佑気ジョセフ選手など、海外にルーツを持つ選手も年々増えています。
ケンブリッジ飛鳥のプロフィール
まずは基本的なプロフィールを表にまとめました。身長や自己ベストなど、競技者としての土台となるデータを押さえておきましょう。
プロフィール早見表
| 本名 | ケンブリッジ飛鳥アントニオ |
|---|---|
| 生年月日 | 1993年5月31日 |
| 出身 | ジャマイカ・モンテゴベイ(大阪育ち) |
| 身長 | 180cm |
| 種目 | 100m/200m |
| 自己ベスト | 100m:10秒03/200m:20秒62 |
| 学歴 | 東京高校→日本大学 |
100mの自己ベストは2020年に出した10秒03で、100mの日本記録にも迫る水準を誇ります。より詳しい競技成績は、ケンブリッジ飛鳥選手の公式サイトにも掲載されています。
自己ベストと走りの持ち味
ケンブリッジ飛鳥選手の魅力は、長身を生かしたストライドの大きな走りにあります。中盤から後半にかけて伸びるタイプで、リレーのアンカーとしても高い評価を受けてきました。
自己ベストの10秒03は追い風参考ではない公認記録で、日本の歴代上位に並ぶ数字です。全盛期にはトップスプリンターの一角を担っていました。
ケンブリッジ飛鳥の経歴と主な実績
ここでは、学生時代から日本代表へと駆け上がった歩みと、国際大会での主な成績を振り返ります。短距離の第一人者として、どのような足跡を残してきたのかを整理します。
学生時代から日本代表へ
東京高校から日本大学へ進み、学生のころから短距離の有力選手として注目を集めてきました。2014年にはジャマイカで武者修行を行い、競技の幅を広げたとされています。
2016年には日本選手権の100mで優勝し、同年のリオ五輪代表の座を射止めました。卒業後はいったん企業へ入社し、のちにプロへと転向しています。
リオ五輪のリレー銀メダル
リオ五輪の男子4×100mリレーでは、山縣亮太選手や桐生祥秀選手らとともに銀メダルを獲得しました。アンカーを務め、日本リレー史に残る快走を見せています。
個人種目の100mでも準決勝に進むなど、世界の舞台で存在感を示しました。このリレーでの銀メダルは、日本陸上界にとって大きな自信につながったといわれています。
世界陸上やアジア大会での活躍
リオ五輪のあとも代表の常連として力を発揮しました。2017年の世界陸上ロンドン大会では、男子4×100mリレーで銅メダルを獲得しています。
さらに2018年のアジア大会ジャカルタ大会では、同じリレー種目で金メダルに貢献しました。短距離リレー陣の中心選手として、長く日本代表を支えてきた存在です。
怪我と交通事故を乗り越えて
離脱の背景には、長引く股関節の痛みに加え、2022年4月の交通事故もありました。走行中にトラックへ追突され、軽い頸椎捻挫と診断されたと報じられています。度重なる故障から「引退を考えた時期もあった」と語ったと伝えられており、復帰までには苦しい日々があったようです。
なお2025年には所属していたナイキを離れたとされますが、公式な発表は確認できておらず、正確な契約状況は不明です。
ケンブリッジ飛鳥の今後の目標
復帰後のケンブリッジ飛鳥選手は、ふたたび世界の舞台を見据えていると伝えられています。自己ベストに近いタイムを取り戻すことが、当面の目標になりそうです。
30代を迎えたいまも現役を続ける姿勢は、同じように怪我と向き合う選手にとって励みになるでしょう。まずは実業団の大会で安定して走り、本来のスピードを取り戻せるかが鍵になりそうです。かつての輝きを取り戻せるか、復調の行方が注目されます。
まとめ
ケンブリッジ飛鳥選手は、股関節の故障や交通事故を乗り越え、2025年にレースへ復帰しました。かつてリオ五輪で銀メダルを勝ち取ったスプリンターが、ふたたび第一線を目指しています。今後の動向には読み切れない部分もありますが、復調していく姿に注目したいところです。








