ハードル・豊田兼がイケメン!どこのハーフ?経歴も紹介

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ハードル・豊田兼がイケメン!どこのハーフ?経歴も紹介

400m障害走を専門とする日本の陸上選手、豊田兼選手がイケメンとしても話題になっており多くの女性ファンを抱えていますが、そんな豊田兼選手にはハーフだという噂が?

今回はハードル、豊田兼選手がどこのハーフなのか、豊田兼選手の経歴などについて紹介します。豊田兼選手はどのような半生を送られてきたのでしょうか。

目次

豊田兼はフランスのハーフ!

豊田兼選手はフランス人の父親と日本人の母親を持つハーフです!豊田兼選手がイケメンだと言われるのも、海外の血を感じさせる容姿をされているからかもしれませんね。ただ、豊田兼選手のお父さんについては余り情報がありません。豊田兼選手は東京都出身ということなので、お父さんも以前から日本で生活されていたと考えられますね。

豊田兼選手は2024年のフランスでのオリンピックに出場。自分のルーツのあるフランスでの五輪出場は豊田兼選手のかねてからの目標であり、お父さんも純粋に喜び、応援するような言葉をかけてくれたそうですよ。

出典:TBS陸上ちゃんねる【公式】

豊田兼の半生や経歴

ここからは豊田兼選手の半生や経歴について紹介します。

桐朋柄小学校を卒業

東京の私立小学校、桐朋小学校に通われていた豊田兼選手。入学してすぐの頃に母の勧めもあり、陸上クラブチームに入って陸上を開始します。豊田兼選手曰く、一つ上の年の生徒に勝負を仕掛けて、勝てなくて悔しかったという経験が陸上競技の強いモチベーションにもなっていたようですね。

学校クラブチームを両立していた豊田兼選手ですが、当時の陸上はまだ遊びにも近いという認識で、学校の帰りが早い日などにクラブに行くというような形だったそうですよ。

楽しい小学校生活

自然広場で虫を捕まえたり木に登ったり、ドッジボールで遊んだりしていたという豊田兼選手。高学年になってくると教室で友達とトランプをしたり少し落ち着いた遊びをするなど、本人曰くとにかく遊んでる記憶しかないのだとか。

小学校の授業の中では、強面の先生が理科実験室で行う実験がとても楽しくて印象に残っているそうですね。なんでも、当時の授業は大体どれも断片的に覚えており楽しかったとのことで、豊田兼選手は勉強も好きな方なのかもしれませんね。

中学や高校でも陸上を続ける

桐朋中学校、桐朋高校へと進んだ豊田兼選手。そちらでも陸上を続けていきましたが、ハードルを始めたのは高校からに近いのだとか。小学生時代は100m等シンプルに全力で走っていましたが、成長期が遅かったという事情などもありシンプルな走力では周りに追いつけなくなっていって、その中で自分の適性を探るためにと、混成競技という色々な競技を行う部門で陸上をプレー。顧問の勧めで、高校時にはハードルに完全に移行するという流れになりました。

コロナウイルスが大きな影響を与える

インターハイで進路などの諸々を決めようと考えていた豊田兼選手。しかしコロナウイルスの流行によりインターハイも無くなってしまいます。高校生活で陸上をやりきれなかった、満足いかない所があったということで、陸上以外の選択肢も残せるようにしながら、大学でも陸上を全力で頑張るという道を選んだのですね。

慶應義塾大学に進学

大学は慶應義塾大学環境情報学部、高校までは部活という範囲内でやっていたところ、入学後4年先にオリンピックが控えるという中で、4年計画で陸上中心に生活を回していくというスタイルに変わっていったそう。

大学の授業は練習のスケジュールに合わせて取るようにしていた一方で、本当になんでも学べる学部だったということでとても面白い、興味深い授業も多数あったそうですよ。勉強や研究も疎かにせずに大学生活を送れていたという豊田兼選手。オリンピアンになるような選手がそのように過ごせていたというのは凄いですよね。

2023年に多くの大会で優勝

大学一年生の2021年にU20日本陸上競技選手権大会110メートルハードルで3位に入賞した豊田兼選手。2023年には日本学生陸上競技個人選手権大会110メートルハードル、南部忠平記念陸上競技大会110メートルハードル、yogiboアスレチックスチャレンジカップ400メートルハードルなど、数多くの大会で見事優勝を果たしていますよ。

大学入学時点では将来陸上をやっていくのかどうかは、3年、4年になって考えることかなと考えていたという豊田兼選手。この頃には、もう陸上選手としてやっていくことを決意していたのではないでしょうか。

日本歴代3位の記録をたたき出す

2024年には関東学生陸上競技対校選手権大会400メートルハードル、セイコーゴールデングランプリ陸上400メートルハードルで優勝。更に日本陸上競技選手権大会400メートルハードルでは、47秒99、日本歴代3位という好記録をたたき出しました。

しかしオリンピックでは直前に怪我、400メートルハードルで53秒62というパフォーマンスを出し切れない走りになり、敗者復活ラウンドには左足を痛めた影響で欠場ということになりました。

トヨタ自動車に入社

大学卒業後はトヨタ自動車に入社、社員アスリートという立場に。会社の業務もあり、会社の人に応援されるような存在であることを意識して、大学時代とは競技への向き合い方もまた変わってきたと言います。

怪我により2024年8月以降の大会出場がしばらく無かった豊田兼選手は、2025年は400メートルハードル一本に絞るも、毎週試合があるようなハードなスケジュールをこなす中で、アジア選手権直前にぎっくり腰を発症。身体が持ってくれなかったといいます。

完全復活を目指す

怪我や体の不調に苦しみながら送った2025年のシーズン、安定しない日々を送っていたこともあってか日本選手権ではメンタル面での影響もあって予選敗退という結果に。屋内リハビリが多くなった影響で暑熱馴化がうまくいかず、熱中症になっていたという分析も。

メンタルの持ち方、競技との向き合い方なども調整して、豊田兼選手は今まさに完全復活を目指す最中にあります。

最後に

今回は豊田兼選手のイケメンの秘密、どこのハーフなのか、半生や経歴について紹介しました。日本選手権では全てがかみ合わず、絶望的な気持ちにもなってしまったという豊田兼選手ですが、それでも今もまだ0.1秒まで迫った日本記録をターゲットに、更新を狙う目は力強いです。豊田兼選手の今後の活躍から目が離せませんね。

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