東京で開催され、大いに盛り上がった2025年の世界陸上。400m走では日本新記録が樹立されましたが、その記録を出した選手こそ、中島佑気ジョセフ選手です。名前からも察することができる通り、中島佑気ジョセフ選手はハーフの方なのですが、日本とどこのハーフなのでしょうか。
今回は中島佑気ジョセフ選手の出身高校や経歴などについて調査しました!
中島佑気ジョセフはどこのハーフ?
中島佑気ジョセフ選手は日本とナイジェリアのハーフです。お父さんがナイジェリア人、お母さんが日本人のようですね。また、家族については他にお兄さんと弟さんがいらっしゃる模様。お兄さんの影響で中島佑気ジョセフ選手は幼少期サッカーを行っていたそうですよ。
ただ、中島佑気ジョセフ選手の家族は皆さん一般の方ということで、これ以上の情報は特に見当たりませんでした。これから中島佑気ジョセフ選手の活躍が増えていくと、メディアで家族について話すような機会もあるかもしれませんね。
中島佑気ジョセフの経歴
ここからは中島佑気ジョセフ選手の出身校などを含む経歴について紹介します。中島佑気ジョセフ選手はこれまでどのような半生を送ってきたのでしょうか。
小学6年生で陸上を始める
東京都立川市で生まれた中島佑気ジョセフ選手。かつてはバスケットボールやサッカーをプレーしていましたが、「チームスポーツは合わない」と考え、小学6年生の時に陸上競技を始めました。小学校卒業後は立川市立立川第一中学校、城西大学附属城西高等学校を経て東洋大学総合情報学部に進みましたよ。
出身高校の城西大学附属城西は、中高一貫教育の私立校ですが、中島佑気ジョセフ選手は外部進学の形で高校から入ったのですね。陸上の強豪校として有名で、サニブラウン選手も同校の卒業生なんですよ。
2022年の世界陸上に出場
中島佑気ジョセフ選手が20歳の年だった2022年に世界陸上競技選手権大会の4×400mリレーに出場。チームは2分59秒51という記録を叩き出したのですが、これはアジア新記録となるタイムでした。順位としては4位、これは同種目の日本代表史上最高の順位でしたよ。
2024年3月に大学を卒業した中島佑気ジョセフ選手、その後の所属は富士通株式会社となっています。
アメリカに拠点を移す
日本で生まれ育った中島佑気ジョセフ選手ですが、「生まれ育った環境を捨ててまで、アメリカでやりたいことがあって」と、現在は活動拠点をアメリカに移しています。大学卒業前の2023年11月に安藤財団の支援を受けてアメリカに滞在、2024年4月からは富士通に入社したものの引き続きアメリカでトレーニングを積んでおり、オリンピックのメダリストなど錚々たる面々と共にトレーニングを行っているようです。
日本陸連が南カリフォルニア大学へ度々選手を派遣したりしていたらしく、中島佑気ジョセフ選手も2023年2月から3月にかけて同大学で練習を積みました。この時の感覚が良かったことが、活動拠点を移した理由の一つのようです。
パリ五輪に出場
2024年夏のパリ五輪では男子400mと男子4×400mリレーに出場、男子400mでは予選で45秒37という成績を残しました。予選で上位3着に入れなかった中島佑気ジョセフ選手は敗者復活ラウンドに回ることになっていたのですが、佐藤拳太郎選手や佐藤風雅選手なども同様に男子400m予選で上位3着に入ることができず、4×400mリレーに専念するために3人揃って敗者復活ラウンドのレースを欠場。万全を期して望んだ4×400mリレーでは予選で2分59秒48と日本新記録を更新、決勝ではそれを更に上回る2分58秒33のアジア新記録で6位となりました。
世界陸上で日本新記録更新
2025年世界陸上競技選手権大会では男子400mで44秒44の記録を残しました。これは従来の日本記録だった44秒77を大幅に更新する大記録、この見事な走りで決勝に進出しましたよ。決勝ではスタートで出遅れてしまったものの、最後尾から二人を捲り6位入賞。これまで同種目での日本選手の最高順位は1991年世界陸上で高野進選手が記録した7位でしたが、24年ぶりに中島佑気ジョセフ選手が更新することとなったのですね。
中島佑気ジョセフのプロフィール
- 名前 中島佑気ジョセフ(なかじまゆうきじょせふ)
- 生年月日 2002年3月30日
- 年齢 23歳(2026年1月時点)
- 出身地 東京都立川市
192cmという日本の中では目立つ高身長の持ち主であり、高校在学当時もやはりその大きさは目を引くものだったようです。当時はいつも監督やチームメイトの少し後ろにいて、気持ちも弱いところがあったそうですが、どんな時もにっこりと笑顔で挨拶するような気持ちのいい性格だったそうですよ。
趣味には読書をあげており、高校時代から遠征に分厚い本を何冊か持参するほどの読書家だったそう。小学生の時に読んだウサイン・ボルト選手の自伝が、陸上の道へ進んだきっかけの一つになっているそうです。
高校時代は怪我にも苦しんだ
小学生時代に「すべて自分の責任になる陸上が向いていると直感した」という中島佑気ジョセフ選手。集団競技よりも自分の体一つで完結する競技の方が性に合っていたのですね。
高校時代はまだまだ細身で身体もできていなかったそうですが、それでも当時の監督に「時間はかかりますが、すごいですよ」とその潜在能力を高く評価されていました。インターハイでは準決勝敗退となり、400m走のベストタイムは48秒05。故障も多く伸び切ることはできなかったそうですが、そのインターハイでの走りに東洋大の梶原道明監督は魅入られたそうです。
将来は本を書きたい?
「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」などで知られるフョードル・ドストエフスキーや「仮面の告白」「豊饒の海」などで知られる三島由紀夫などの作品を読んでおり、2025年11月に「さんまのまんま」に出演した際には、自分で本を書いてみたいとも語っていました。また、読書以外の趣味にはファッションを挙げていますよ。カラオケで歌うのは「地上の星」「麦の唄」などで知られる中島みゆきさんなど。女性の歌も歌われるのですね。
最後に
今回は中島佑気ジョセフ選手はどこのハーフなのか、出身高校や経歴について紹介しました。日本代表の歴史を次々と塗り替えていっている中島佑気ジョセフ選手は、現在23歳でまだまだ未来のある選手です。これからどのような活躍を見せていってくれるのでしょうか、個人競技でメダルを獲得するような偉業にも期待したくなりますよね!









